書類作成の美学
不動産業界は他業界に比べて "遅れた" 産業である、みたいな言説は少なくない。
重要事項説明書や売買契約書、登記簿一式から建築確認済証、権利書に覚書、協会確定に関する協議書、取引に関する明細書まで、とにかく紙が多い。ファックスだって業界内では一般に使われているし、電話でのやりとりが優先することが多い。チャットとメール、データでのやり取りが一般的になった現代の日本では "遅れた" 印象になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
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新型コロナウイルスの蔓延を受け、ここ2年程度で契約に関する書類の整備に関する思想が大きくかわりつつある。ハンコを不必要にする、クラウド上の署名で契約を有効な状態にする、など、非対面での取引が可能なように基準そのものが変わっている。だが、実際のところは特に売買の分野では、紙ベースでのやり取りが依然として標準である。
法人の設立から宅建業免許取得、宅建協会への手続き書類まで、ここ数ヶ月で何十枚もの書類を作成した。ひょっとしたら100枚以上の書類を作成した可能性がある。宅建業は「免許」が必要となる上に、供託などの厳格な手続きによって営業が成り立っている。従業員として働いているときは特に問題なかったが、代表者になってみるとやたらとその手続きに目が向く。
「不動産業界は書類のやり取りが多い」「まだペーパーレスじゃないの?」みたいな論を展開するつもりは全くない。むしろ「受けて立つ」ぐらいのところがあるのだが、今回の書類作成は生涯を通じてもタフな仕事だった。
書類の作成には美学を持っている。それは、「誤字脱字を一切出さずに、一発で書類申請を通すこと」である。この美学を押し通すには、極端な思いやりが必要となる。まず、私の手書きは信用ならないのでアウト。すべてタイピングで入力する。PDFしか書類がないのなら、PDF編集ソフトでわざわざ書き込んでしまう。手書きにも良さはあるのだが、手続き書類における「読みやすさ」だけを考えるなら、自身の筆跡を信用するわけにはいかない。想いを込めるなら手書きだが、判読可能にしたいなら入力された文字に勝るものはない。
書類作成後もすぐにはプリントアウトしない。一度寝かせる必要がある。学生の頃「作成した書類は少なくとも一晩置いてから再度推敲しましょう」という指導を受けた。作成したその瞬間だと、間違いを認識できなくなる可能性があるためである。
その後、確認のための作業に入る。メールで提出先にPDF版を送り、指導を仰ぐのである。手続き書類をどう記入するかとか、そういったものは心を砕いて読んでいるが、とはいえ万が一が起きてしまうのが私(たち)である。PDF時点で送るのもキモで、もし郵送してしまうと誤字脱字があった時には、再印刷・再郵送、という手間が待っている。郵送には時間的なラグが発生してしまう。受け取る側にとって「あの書類どうなったかな」は負担でしかない。だからラグが発生するのは思わしくないと想像するのである。
そんなこんなで通り過ぎた数ヶ月であった